海南神社 かいなんじんじゃ

撮影日:2012-10-06

所在地:神奈川県三浦市三崎4-12-11

三崎小学校近くに鎮座しています。 境内は広く、橋のかかった池には亀がいました。 昭和っぽい絵柄の神話の画やや写実的な恵比寿神を描いた大きな画が目を引きます。

[御祭神]
  • 藤原資盈(ふじわらのすけみつ)
[由来]
 当社の祭神、藤原資盈(すけみつ)は藤原鎌足の後裔、九州太宰小貳博嗣の
孫に当たりますが、五十六代清和天皇の皇位継承の争いに関係した
伴大納言善男の謀挙に荷担しなかったため、善男と不和になり、
故あって九州博多を出航、貞観六年(八六四年)十一月一日、当地に着岸されました。
その後、資盈公は土地の者に推戴され、付近の海賊を平定したり、里人を教化して
文化の基いを築きました。
よって、里人の尊崇の念篤く、治績わずか二年ではあったが公の没するや
そのなきがらを海に沈め、祠を花暮に建立してこれを祀りました。
後、天元五年(九百二年)に現地に社殿を造営し、三浦一群の総鎮守として
崇められ明治六年六月、郷社に指定されました。

 三浦大輔義明が源頼朝挙兵のとき、源平の争覇を当社に占った際、
白と赤の狐が闘って白い狐が勝ったので、源氏方に荷担したと伝えられます。
境内には頼朝公手植と伝えられる大銀杏(樹齢約八百年)があります。
また御手洗池に架かる神橋の擬寳珠は、三崎御船奉行向井左近将藍忠勝が
寛永十七年(一六四〇年)に奉納されたものであります
 また毎年正月一五日に当社に奉納する歌舞「ちゃっきらこ」は、
資盈公の妃、盈渡姫が土地の娘に教えたとの口碑があり、
また歌舞島に遊んだ源頼朝公の旅の慰めにと、里女の歌に合わせて、
童女たちが即興的に小竹を叩いて踊ったとも伝えられており、
昭和四五年五月、神奈川県の無形文化財に指定されました。
[境内立札 より]
[例祭日]
  • 1月15日

参道

参道

鳥居(昭和九年)

鳥居(昭和九年)

神社碑

神社碑

境内

境内

拝殿

拝殿

御賽銭箱

御賽銭箱

社額

社額

手水舎

手水舎

手水舎木鼻

手水舎木鼻

境内池

境内池

亀

御神木(銀杏 千百九二年、源頼朝公寄贈)

御神木(銀杏 千百九二年、源頼朝公寄贈)

(左)海幸彦 山幸彦、 (右)日本武命

(左)海幸彦 山幸彦、 (右)日本武命

恵比寿様

恵比寿様

御神籤

御神籤

■ 狛犬
鳥居前、手水舎近く、御神木と3対の狛犬がいます
吽形(元保十一年庚子應鐘)

吽形(元保十一年庚子應鐘)

阿形

阿形

吽形(天保癸卯(1843年)六月)

吽形(天保癸卯(1843年)六月)

阿形

阿形

御神木の下

御神木の下

御神木の下

御神木の下

■ 副社
【御霊神社】
[御祭神]鎌倉権五郎影正公

【疱瘡神社】
[御祭神]源為朝公

【福徳稲荷神社】
[御祭神] 豊受比売命

【水神社、龍神社】

【海南髙家神社】
[御祭神]食神 磐鹿六雁命

【金毘羅神社】
[御祭神]大物主命
御霊神社

御霊神社

疱瘡神社

疱瘡神社

福徳稲荷神社

福徳稲荷神社

水神社、龍神社

水神社、龍神社

相州海南髙家神社 鳥居

相州海南髙家神社 鳥居

相州海南髙家神社 拝殿

相州海南髙家神社 拝殿

金毘羅宮 鳥居

金毘羅宮 鳥居

金毘羅宮

金毘羅宮