撮影日:2012-09-15
所在地:神奈川県川崎市幸区下平間51
JR鹿島田駅からの商店街沿いに位置しています。 手水舎の水口がひょうきんな顔立ちをしています。 九月末には奉納演芸大会、奉納カラオケ大会が催されています。
[御祭神]当社の由来については、創立年代は不詳であるが「新編武蔵風土記稿」 に、「当社は村の北方にあり、前に鳥居が立ち、社前に拝殿あり、神体は 木の坐像にて長さ一尺二寸余、社辺に松樹数株あり、小倉村無量院の別当なり」 と記されている。 また、下平間の旧家に伝わる古文書(弘化三年記)によると、 「武州多磨郡谷保村天神伝記に、延喜三年二月二十五日父君菅原道真公筑紫にて 薨去(五十九歳)なされたと聞き三男道武公悲嘆のあまり、父君の尊像を自ら模刻し、 考道の誠を尽くされた。その後 道武公その尊像を供養し、谷保村に来たり一社を 草創しこれを安置した。 こののち道武公当地縣主 上平貞盛の女を娶り一子を得、その子を菅原道英と号す それより六世の孫津戸三郎偽守、菅原道真公の尊像を供養し、当地(下平間)に 来往し一社を建立する。」 と記されており当初は一氏族の、氏神としての性格が強かったようでありますが、 年月が経つにつれ、下平間の鎮守として祀られるようになり、村民の信仰を集め 現在に至っている。 また、江戸時代の再建と思われる社殿は第二次世界大戦の末期、昭和二十年四月十五日の 川崎大空襲によりことごとく焼失し、かつての面影はない。 しかし、昭和四十年九月氏子の寄進により、現在の社殿が再建された。 [境内 下平間天満天神社由来より抜粋][例祭日]
鳥居(大正二十年十二月吉日建立)
手水舎
手水舎 水口
舞殿
御神木