若宮八幡宮 わかみやはちまんぐう

撮影日:2009-02-06

所在地:神奈川県横浜市南区大岡1ー5ー1

市営地下鉄弘明寺駅から横浜方面に5分ほどの 住宅街の中に鎮座しています。 幼稚園が併設されており、子供たちの遊び場ともなっているようです。 地域と一体になっている神社、という印象を受けました。

[御祭神]
  • 大雀命(おおささぎのみこと)
  • 天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
  • 誉田別命(ほむだわけのみこと)
  • 武甕槌命(たけみかずちのみこと)
  • 道志留辺命(みちしるべのみこと)
  • 猿田彦命(さるたひこのみこと)
  • 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
  • 事解男命(ことさかのおのみこと)
  • 伊邪那美命(いざなみのみこと)
[由来]
 源頼朝が鎌倉に幕府を開くにあたり、久良木郡の今の横浜の地は鎌倉の鬼門にあたるので、鎮護のため頼朝は数カ所に社寺を創建、報賽所としました。
若宮八幡宮はこうした由縁の地に源頼朝が建久四年九月七日鶴岡八幡宮の境内社なる若宮八幡宮の別宮として創建されたと伝えられております。
当初は若宮八幡大神と号し、神仏習合の社でその後永く久良木郡大岡川村下大岡の鎮守として諸人の崇敬が大変厚かった。
建立以来今日に至るまで凡そ八百余年の永い間、この宮は平和と豊かなる生活即ち天下泰平、
五穀豊穣の祈りの庭であり、氏子即ち神の子としての魂の尊厳を自覚する聖域として世の人々によって護持せられてまいりました。
永禄七年北条氏康の命によって権大僧正源秀天(みなもとしゅうてん)が当若宮八幡宮の別当となり、寶積(ほうしゃく)院と称し、
以来現在に至っております。

 明治六年村社に列せられ、ついで明治三十九年内務省令による神社統合の趣旨に基づき、近隣八社の氏子信徒が協議の上、
明治四十一年十一月二十五日若宮八幡宮に合祀され、二十ヶ町の総鎮守となりました。
大正十五年八月二十七日横浜市幣帛供進の指定社となり、昭和二十一年宗教法人法令に依り神社本庁所属の神社となりました。
終戦後道徳は弛緩し、思想低下し世情混迷頽廃をうれい、二十ヶ町の氏子有志は神威の加護のもとに恒久の平和を祈念し
祖国再建の成就を念願し昭和二十二年時の宮司寶積育三は若宮八幡宮奉賛会(初代会長渡部清治)を組織し御由緒深き若宮八幡宮を
維持・愈々神威顕揚に奉仕すると共に念願達成に努めました。
昭和三十六年私たちの祖先が建立した床しい茅葺きの社殿もいたく古び、風雨に耐え難くなりましたので、時の宮司寶積千一郎、
奉賛会々長加藤五十春両氏の熱意により、氏子二十ヶ町の奉賛会理事諸氏と協議の上、御造営奉賛会を組織し、広く浄財を集め
昭和三十九年十月、現在の八幡造銅板葺の御社殿(本殿・幣殿・拝殿)及び神楽殿、社務所を造営再建いたし今日に至っております。

[例祭日]
  • 1月7日 [正月祭(しょうがつさい)]
  • 2月中午の日 [二の午祭(にのうまさい)]
  • 8月第4土・日曜日 [若宮八幡宮例大祭(わかみやはちまんぐうれいたいさい)]
  • 12月31日 [除夜祭(じょやさい)]

鳥居

鳥居

神額

神額

鳥居

鳥居

階段

階段

拝殿

拝殿

お賽銭箱

お賽銭箱

手水舎

手水舎

お御籤掛け

お御籤掛け

旧神額

旧神額

■ 狛犬
昭和三十九年九月吉日建立
吽形

吽形

阿形

阿形

■ 副社・末社
【境内社】
天満宮
伏見稲荷大明神
浅間神社
若宮招魂社
若宮招魂社

若宮招魂社

副社

木鼻(左)

木鼻(左)

木鼻(右)

木鼻(右)

祠