撮影日:2009-05-05
所在地:東京都台東区上野公園4-17
上野駅前の上野公園内に鎮座しています。 花園稲荷神社の隣に位置していますが、二社を繋ぐ 参道が狭いながらもゆったりとした印象を受けます。 園内には包丁塚、鳥塚なども祀られています。
[御祭神]第十二代景行天皇の御代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の際、 上野の忍岡で薬祖神二柱の大神が奇瑞を現し給い難を救われたので、ここに両神を お祀りしたと伝えられて昭和六十五年には御鎮座千六百八十年大祭が行われる、 東京屈指の古社であります。 江戸時代、社地は神職の瀬川屋敷(上野公園・旧五條町)に遷り、 御創祀に近い現地には昭和三年九月に御遷座になりました [境内 五條天神社縁起より][例祭日]
鳥居(大正十五年一月二十五日建立)
手水舎
拝殿
篝火台
御神籤
提灯
包丁塚
参道にがっしりとした石製の、拝殿にすらりとした金属製の狛犬がいます。
吽形(手前)
阿形(手前)
吽形
阿形
 御祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと) 古くは忍岡稲荷(しのぶがおかいなり)、俗称 穴稲荷という名称 でしたが、明治六年の再興時に花園稲荷と改名したそうです。
神額
参道
拝殿
御賽銭箱
蝋燭立
花
吽形
阿形
神使(吽形)
神使(阿形)
 この七福社は江戸時代、上野の繁栄を願い山内各門に祀られた祠の中の一つと云われています。 神像の背に千龝萬来(せんしゅうばんらい?)の文字が刻まれています。
 この鳥塚は東京都都内に店舗を有する食鳥肉の販売業者が組織している 東京食鳥鶏卵商業協同組合及び東京食鳥鶏肉販売業環境衛生同業組合の 組合員有志が生活の糧であり子孫の繁栄に寄与する諸鳥類の を永久に 慰めるため浄財を集め合って昭和三十七年三月二十四日この聖域に建立したものである。 [石碑 鳥塚の由来より抜粋]